一人遊び

朝のファミレス。

向かいの席に70代半ばの老夫婦が朝食をとっている。
勝手な予想だが、雰囲気からして旦那さんは土建屋の社長風。

食事が運ばれてきて食べ終わる直前まで、2人は一言も発さない。
そして奥さんが食べ終わる頃、何かを呟いた。
目は器に向けたまま。

旦那さんが微笑み、何か返答する。
これをきっかけに、お互い少しずつ言葉が増えていき、何か普通の会話をしているようだ。

小柄の奥さんは無表情、大柄の旦那さんは笑顔。
仲の良さそうな夫婦だが…

いつもの2人の間柄は、何となく想像できる。

私は話を盗み聞きしてないが、様子だけで何かが伝わってくる。
このことは日常の中に多く存在する。

私がエンジニアだからそうなのか、それとも誰もがそうなのかはわからないけど、状況を知ることで、原因や結果を予測する習慣がある。

ある日のこと———。
残業して、記録のチェックをしている従業員がいた。
この光景だけで、色んな無駄が見えてくる。

「無駄な仕事で大変ですねー」と、労をねぎらうつもりで言ったことが、早く帰りたいその人の気持ちを逆撫でてしまったようだ。

「誰か頭のいい人に考えて欲しいです!」と、怒り心頭。

こんな失敗はよくあるが、お詫びに記録が発生する所からの仕組みを考えてみた。
と言っても本人に伝えてないのだがw

もともと、
紙で記録→書き漏れや間違い→定期的にそのチェック→本人に修正依頼→再度チェック
この情報を探さなければならない場合、更にアホらしい。
記録の紙をひたすらめくって探すのだ。
悲しいかな、世の中にはこんなことがまだまだある。

これを、
PCかスマホで入力→必須項目設定で、項目の書き漏れなし→夜間バッチで登録チェック→結果をメール送信→管理者が承認

当然、記録を探すのは検索すれば良い。

仕組みを作って渡すだけなら簡単だが、私の仕事は、このことを社内の誰かが出来るようにサポートすること。
と言っても、社内の皆さんがITに疎(うと)い場合、どうするか?

もしかしたら、紙のままのほうが良いのかも。。。

食事を終えた老夫婦は、このあと家に帰るのだろう。
家に帰ると、無表情の奥さんは無言のまま何かを始め、笑顔の旦那さんはTVをつけたが、その目はTVを見ていない。
勝気の奥さんに気を使いつつ、会社の気になる案件に思いを馳せる。
この気遣いが会社を存続させてきた。

などと、勝手な想像だ。

チェックを終えた老夫婦は、さびれた喫茶店に似合わない大きなベンツに乗り込んだ。
お!土建屋の社長。
これは正解してないか?

私の一人遊びは、案外自分磨きになっているかも。

見上げてごらん

犬を連れてほぼ毎日散歩する。
ここ福岡市の住宅街では、4月下旬から5月上旬にかけて、柑橘の花の香が漂っている。
気候は暖かいため、庭に柑橘を植えている家が多いためだ。
犬はその香りをどう感じているのかわからないが、今日もまた、ヨソの犬が排泄した尿の匂いをひたすら探しているようだ。

犬の嗅覚は人の1億倍とも言われるが、それがどれほど凄いのか例えようがない。
3日前にどこか悪いところへ寄り道して、家族にはバレてなくても犬にはバレバレだろう。
しかし、犬は黙ってコチラを見ている。
さすが忠犬。

冗談はこれくらいにしてと。
私は「太陽・月・星のこよみ」というカレンダーを毎年買う。
専門的に天体の勉強をしたわけではないが、子供のころから夜空が好きで、よく空を眺めていた。
その延長みたいなものだ。

宇宙のことを考えると、確かに人間の小ささを感じる。
我々が住む銀河系は、約2000億以上の星たちがあるとされている。星と言っても恒星の数なので、地球のような惑星を入れるともっと多い。
そして銀河系は、当然ながら他の銀河系もある。
この銀河系の数が全宇宙で2000憶以上あると言われている。

気が遠くなるほどの星がある中で、たった1つのこの地球の小さな島国日本の、福岡県の福岡市の、小さな小さな点が、この私だ。
なんて小さな存在だろう。
この小さな私でも、歌も歌えば映画も見る。
悪い所へ立ち寄って、犬に見透かされていることを考えたりもする。

そんなこと、はるか遠い宇宙のかなたで、誰が気にするだろうか?
気にしようがない。
宇宙規模で見ると、どうでもよいことだ。

だったら、くよくよ気にするのはやめてしまおう。
と、そうはならない。
あのとき…くそー。

気の遠くなるほど星があるのなら、当然ながら生命のいる星はあるはずだ。
宇宙人が地球を覗きに来てもおかしくない。
トランプさんがUFOの情報を公開し始めたが、UFOは作り話ではないかもしれない。
不思議なことが身近で起きることがあるが、これも誰か宇宙人の仕業かもしれない。
運命とか偶然とか言うことがあるが、全て宇宙人の仕業かもしれない。

などと考えを馳せることは、夜空好きが関係していると思う。
そして、今夜も星を見ながら、寝る前の一服、「ぷはー」。

横にはウチの忠犬が、夜空ではなく私を見上げている。

男たちよ

ぬい活、推し活などなど。
最近の女性は年齢を問わず活動的だ。

女性は楽しんでいることがよくわかる。
さて、男たちはどうなのか?

なんだか暗いイメージしかないゾ…
犯罪者も8割はオコトだ。

どうしてこんなに違うのか?
色々調べてみた。
すると、そう簡単に答えが出ないことがわかってきた。

「社会の構造が、男を閉じ込めた」

一言で言うとこんな感じだが、この説明をするには一言では難しい。
頑張ってかなり端折って書いてみる。

かつて男は努力しなくても何かに属する世界にいた。
例えば、会社に行けば仲間がいて、飲み会もあれば、自治会や消防団や、草野球など。
どれも特に努力など必要なく、勝手に参加している感じだ。

しかし、これらは近年、消えてなくなりつつある。
仲間がいない———

日本の男は有償労働(仕事・通勤)が突出して長い。
そして無償労働(家事・育児・介護)が極端に短い。

これは納得できる。
平日は疲労で終わり、余暇は「準備も移動も要らない娯楽」に寄る。
準備や移動も要らない娯楽とは、ネット動画の視聴やゲームなどが当てはまる。

ほら、もう孤独が始まっているではないか。

そして、このことと直接リンクしているのか不明だが、内閣府は
「孤独・孤立対策推進室」というものを作って、社会構造改革に取り組んでいる。
実際の取り組みは中途半端に見えるが、問題を認識しているようだ。
※ただし、内閣府がやっていることは、私が言っている「男だけの問題」ではない

男が暗く引きこもっている印象は間違ってないと思うが、近年の社会構造が生んだ結果なのだ。そう簡単に解決しそうにない。

ちょっと待てよ?
こんな中でも、輝いている男たちもいるよなぁ。
この違いは何だろう?

おそらくだが、この社会構造に乗っかってない人たちだ。
会社や社会からの評価を気にしてない(自分の軸を自分で決める)とかで、自分のペースを乱されない。そうすれば、平日は全疲労が生まれず、余暇も楽しめる。
なんだか手を抜いてる感があるが、そうではない。
自分で価値観を決められる人なだけで、特別高い能力の持ち主ではない。
私は自分のことを「楽天家」だと思っているが、これに属すると思う。

ゆうべ。

夜のスーパーで、
仕事帰りらしい男が総菜を一つと缶ビールを買っていた。
だらしないようにも見えたし、
懸命な一日にも見えた。
見え方というのは、
たいてい見る側の余裕で決まるものらしい…

止血

ぬい活…

日本は何とも平和なものだ。

世界の平均寿命を調べたところ、日本人は世界一長寿だった(WHO調べ)。
2025年度、日本は84.5歳で、世界の中心で愛を叫ぶアメリカ人は44位で76.4歳。
平和だから長生きするのか?
少なからずとも関係しているはずだ。
危険が少ないことは、長生きにつながる。

長生きと言えば、離職率が低い会社を想像した。

会社を辞めていく人が多い会社と、長く勤める人が多い会社の差は何か?
危険が多いとか少ないとかではないが、ここには必ず理由がある。

離職率の高い会社は、役職の高い人が残念なことになっている。
その方は、その役職として必要なことが出来てないからだ。
自分が出来てないことを棚に上げて、組織に「やれ」と言っているようである。

昔務めた会社が「率先垂範」というスローガンを掲げたことがある。
上司や先輩は、自ら率先して実践する。身をもって手本を示すのだ。口で説明して教えるのではない。
ゴミを拾いなさいと言うのではなく、自らがゴミを拾っていると部下も拾うようになる。

「いつも言っていますが」
ミスがあるたびにこのような言葉を発する上司がいるが、いつも言っていてそのことが起きてしまうなら、伝わっていないのだ。このことを「聞いてない」と部下のせいだと思う上司がいたならば、この人は上司である資格は無い。あなたが伝えきれてないのです。
ミスが多発する場合も、離職率が高い場合も、問題は現場ではなく上のほうにある。

血が出たら、まず止血することは重要だ。
しかし人の流出は、根本的なものを解決しないと止まらない。

「どうする?」

どこかに相談したほうが良い。
今どきは、まずはAIに相談してみるのがセオリー。

問題ないと思うのは普通の人

3月に入って、庭にジャガイモを植えた。
すると25日ほどで芽が出た。
期待通りだ。

企業では期待通りの結果が得られているか?

社内の連絡を円滑にするために、各部署にタブレット端末を導入してみた。
ここに緊急時や伝えたいことを書き込む。
期待通り伝達が早くなり、連絡もれが減った。

ここで重要なことがある。
設備投資を行い情報伝達手段を改善したところまでは良いが、この後どうなっていくのか?

企業活動のほとんどは、問題が解決したらそこで終わる。
これは間違っている。

多くの従業員は問題が解決したら満足してしまうが、経営者はそうではない。

「もっと良くなる」

このことを従業員が常に考えてる企業はどんどん成長するが、働いている人の頭の中にこの考えが存在しない場合は、成長できるわけがない。
そして、このことを正しく効率的に組織に適応させることができる中小企業の経営者も少ない。

いま解決したばかりの問題は、この先ずっとブラッシュアップするのが正解。
働いている人は、今行っていることの中にどれだけ無駄が存在しているのかよく考えてほしいが、目の前の事で手いっぱいで、そんな余裕は無い。
では誰がこれを先導するのか?

それがマネージャー(管理者)だ。
課長でも係長でも良いが、そこを握っている長がこれをやらねばならない。

この重要な人たちが、仕事を兼任している場合がある。
これがダメの始まりだ。

私が若い頃に教えられたことは、「マネージャーは自分でやっちゃイカン!」
この意味は分かると思うが、管理者が現場を兼任した瞬間から、企業成長が止まる。

経営者は心を鬼にして、現場を握っている人をフリーにしなければならない。
そうでなければ、働いている人も、経営者自身も、残念なことになる。
人材が不足なら、私のような外部の人間に頼ってもよい。

私は色んな企業を訪問するが、目に飛び込んでくる情報は、おかしなことだらけだ。
そしてそこで働いている人は、それを問題視していない。

唯一気が付けるのは、経営者だけだ。
もっと現場を見て回ることをおススメする。

そうそう、ジャガイモのほうは順調だ。
神の作った道筋なので、改善しなくとも良さそうだ。

アポロ

僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう
アポロ11号は月に行ったっていうのに

この歌を聞くたびに、妻はこう思っているという

「私は生まれてたっちゅーねん!」

正反対

人は、
歳を取らないとわからなことがあり、
歳をとるとわからないことがある。

人はどこへ消えたのか?業界の矛盾

世の中どこを向いても人材不足だ。
店を閉めるコンビニ、人手不足のためしばらく休業しますと張り紙の出た和食レストラン。

人はいったい、どこへ行ったのか。

──どこへも行っていない。
ただ、減っているのだ。

そもそも人口が減り続けている。働ける若い世代が生まれてこない以上、これは必然だ。
加えて、フリーランスや個人事業主、個人クリエーターなど、働き方も大きく変わった。
「雇われて働く人」が減ったのであって、「働く人そのもの」が消えたわけではない。

最近、介護に関係する会社と付き合う機会ができた。
そこであらためて介護業界を眺めてみると、一般企業とは決定的に違う構造を抱えていることが見えてきた。

まず、介護業界は需要が増え続ける運命にある。
通常の業界であれば、市場ニーズの拡大は歓迎される。
しかし、働く人が足りない介護業界にとって、それは悲鳴でしかない

この先には、いわゆる「2040年問題」が控えている。
団塊ジュニア世代が一気に高齢化し、需要は跳ね上がる。

では、なぜ働く人(供給側)が増えないのか。

大前提として、この仕事には**明確な「向き・不向き」**がある。
人が足りないため、誰でも入口には立てる。
しかし、長続きしない。

人のお世話をする仕事だ。
身体的負担、精神的負担、対人ストレス耐性が求められる。
「死」「排泄」「認知症」と、日常的に向き合う。

これは向かない人の方が多くて当然だ。

感謝はされる。
だが、社会的地位は高くない。
絶対的に必要な職業であるにもかかわらず、「憧れ」にはなりにくい。

さらに、介護報酬は公定価格である。
市場原理が働かないため、利益が出にくく、賃金も上げにくい。

身体の危険、汚れ、重い責任、感情労働、夜勤や不規則勤務。
条件だけ見れば、かなり過酷だ。
それでも、一般企業より収入は低い。

この業界で、誰が働きたいと思うだろう?

ゼロではない。
だが、残るのは多くの場合、使命感が極端に強い人か、ほかに行き場のない人だ。

産業構造として、どこかおかしくはないか。

国がもっと本気で取り組まなければならない問題だと思う。
しかし、市場自由競争を持ち込めば価格は暴騰し、介護格差が生まれる。
公的価格を引き上げ続ければ、国の財政はもたない。

矛盾だらけで、身動きが取れない。

私は、現場で働く人たちが可哀そうになった。
それでも今、約200万人もの人が介護に関わる仕事に従事している。

世の中の公平性や均衡は、崩れていないのか。
この日本を作ってきたのは、いったい誰なのか。

──もっとも、犯人探しをしても何も解決しない。

私の経験則だが、
「いやー、この業界は本当に儲かりませんよ」
そう言う経営者ほど、案外儲かっている。

以前、ある坊さんがそう言っていた。
その住職は、寺のほかにいくつも会社を経営していた。
余裕は、あるところにはある。

介護業界も、全体として儲かっていないのは事実だろう。
だが、経営者だけは儲けている構図があっても不思議ではない。

それが悪いとは言わない。
ただ、介護職にもフリーランスで成り立つ領域があり、今後は確実に広がる。

だからこそ、介護事業を経営する側は、
「そのとき、どう動くのか」
今のうちから考えておくべきだ。

事業所で働く職員が減ってから慌てても、もう遅い。

供給側も人間だ。
神でも仏でもない。
介護職員だって、対価は上げたい。

それは、ごく自然な欲求なのだから