あの人、人間としていったいどうなってるんだろう?
アメリカ人が素晴らしいというのは良い。
最高の国というのもまあ良い。
しかし、スポーツの世界で、ルールを捻じ曲げるのはイカれている。
同じアメリカ人は恥ずかしいことだと思っているはずだ。
さて。
捻じ曲げさせられたほうは、それを拒んだ後の冷遇が怖いのではなかったのか?
これは被害者だ。ともいえるかもしれない。
福岡県議会議長を巡る、お金の授受についての話題がいま巷を賑わせている。
議長になるために、現金を巻き上げられるのだ。
これを告発した元自民党の議員は、勇気がある。
この人は支払ったのも悪いことであるが、支払わせた側はもっと悪い。
こういう慣習がずっと続いてきたことは、国民県民うすうす知っていたことだ。
告発した県議はこう言った。
「断ると冷遇されると思い断れなかった」
この絵面は、万国共通だ。
私は政治家が嫌いではない。
しかし、大きな党に所属している人は、基本的に悪いやつだらけだと感じる。
参政党も今はクリーンでも、そのうち汚れてくるのだろうか?
昔、私の父が言った。
「泥棒しか住んでいない村があった場合、そこに越してきた人は泥棒になる」
いまならこの真意がよくわかる。
どんなに善人でいようとしても、周りがそうなら善人ではいられない。
盗まれてばかりでは生きていけないので、ついには盗み始める。
そして、盗むことが悪いことだと思わなくなる。
少なくとも、その村の中では。
例えば、とてもクリーンな社長がいて、自らを戒め、人には施す。
この会社の社員から、悪い人間は創出されにくい。
比較的皆さん、善人である。
しかし、社長が良くない会社は、社員もよくない。
元は良かったとしても、悪くなってしまうのだ。
アメリカは大統領のことをプレジデントと呼ぶ。
日本では社長のことをそう呼ぶ。
社長が悪い組織は、皆悪くなるのである。
遠い日本で暮らしていても、もう不安しかない。

