若い頃は体の傷はすぐに治ったが、心の傷はなかなか癒えない。
年を取ると、心の傷はすぐに癒えるが、体の傷はなかなか治らない。

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若い頃は体の傷はすぐに治ったが、心の傷はなかなか癒えない。
年を取ると、心の傷はすぐに癒えるが、体の傷はなかなか治らない。
私の忍耐力を養ってくれているのは、妻である
「ありがとう」は、魔法の言葉
いつの間にか、AIという文字溢が社会にれてきている。
どんなこともAIを使って人の仕事を置き換えようと考えているようだ。
実際のところ人は居ないし人件費は高いので、AIでできるものはAIに任せていく。
これは間違ってない。
さて、中小企業の経営者は、さすがにAIに目を向けないワケには行かなくなってきた。
そこでAIについていろいろ勉強を始める。
そして、AIの恩恵が理解できるようになってくる。
「ウチの会社にもAIを導入せねば!」
中小企業と言っても飲食業から法律関係まで多種多様の業態がある。
例えば中古車販売の会社は、中古車を仕入れて売ることで会社を営んでいるわけだが、経営者がいくらAIを使いたくても、本業の中古車販売に係っている従業員は、売ることが目的だ。
車を売るためには様々なアプローチが必要で、その一部をAIに任せてしまうことも可能だが、従業員にその余裕とポテンシャルはあるのか?
車を売ること一筋40年の大ベテランがいる。パソコンは売り上げと日報入力のために使っているが、ITリテラシーが高いわけではない。
この人にAIのことを学ばせて、もっと効率よく車が売れるプロセスを考えさせるのか?
ここで経営者はよく考える必要が出てきた。
従業員にはそれぞれ期待役割がある。
AIを学ばせ、売上が一部下がったとしても、少々遠回りしてもよいと考えるのか?
これは人による。
会社が考えなければならないことは、従業員全員にAIを学ばせることではない。
社内の一部の人間か外部の協力を得てAIを使った仕組みを作ることだ。
そして従業員は、それがAIだと意識せずに、または何も考えなくとも期待した結果を手にできることだ。
これからAIを導入しようと考える経営者は、よく考えてほしい。
AIを学ばせて、AI仕組みづくりの結果を出せる人材を社内から抽出するのは間違っている。
なぜなら、そういう人は既にAIに精通している。
社内で、AIについてそれほど理解してない人の群れから光る石を探そうとしても、存在しないのである。
この場合、外部の協力者使うか、新しく採用すべきだ。
この原則は、昔同僚が言っていた。
「磨けば光る石というが、磨いて光る石は磨く前から勝手にピカピカ光っている」
確かにそうだ。
全てのことについて、その人の資質はほとんど変わらない。
要は、採用したときにそれを見抜くためには、経営者が自ら会って会話すべきだ。
経営者は風を感じ、自ら判断し、会社を大きくしてきた。
あるときから判断を人に任せなければならない時が来る。
人の採用も、従業員が増えれば増えるほど、社長面談は難しい。
新しい事業や新しい切り口を求める採用の時は、自らその人と会って決めてほしい。
そして、それはご自身の責任となる。
逆に、面接を受ける人へのアドバイスは。。。
自分らしくいつものように振舞えば、それが一番素晴らしい。
特に、会社の重役が面接に出てくださったときほどそうだ。
本来の自分を隠すために、取り繕ったような言葉遣いや考え方を披露したところで、それは偽りの自分でしかない。
本当の自分を買ってくれる企業が、一番活躍できると思う。
個性的で一般受けしない人は、勤める会社がなかなか決まらないかもしれない。
しかし世界は広い。あなたを求めている会社はきっとある。
どうしても見つからないときは起業すればよい。
面接する側は、言葉遣いや服装、髪型まで点数評価することがある。
しかし私が採用する人間なら、そんなことよりも、ポテンシャルの高さ、志の高さ、行動力、愛情、正義感、欲深さを評価する。
欲深い人間は、多くを残してくれる。
Microsoft 365 Copilot(有償版)についての情報です。
Excelのデータファイルがあったとします。
これを元に、何かWord文書を作りたいという場面があると思います。
このとき、Excel内にあるCopilotのボタンを押して、画面の右側のCopilotウインドを開いて「Wordに書き出してください」などと指示を出しても、最終的に出来上がったWord文書はHTMLで書かれたリンク(リンクになってなく、文字として書かれている)で出力されますが、実際のWordはテンポラリーに出来上がっているため開くことができない。
これは、Excelなどのアプリ内のCopilotにHTMLリンクを書き出す機能がないという話。
このときの正解の操作方法は次のとおり。
1. デスクトップ版やブラウザ版のCopilotを開いて、Excelを読み込んでWordに書き出す
2. Wordを開いてCopilotからExcelを読み込む
こうすれば期待したWordが出来上がります。
VIVANTのシーズン2が始まった。
見てない人には伝わらないが、シーズン1を見た人なら、このことがどんなに楽しみなことかわかるはずだ。
しかし、これをリアルタイムで見ていない。
今の時代、後からいくらでも見ることができる。
私はTVerで後から見た。
リアルタイムは都合が悪かったのだ。
「後から」
このキーワードは便利なようで私には危険だ。
先日、電車に乗って営業に出た。
帰ってきていろんな仕事をするが、この経費精算を「後から」にしてしまうと、思い出すのにとても苦労する。
なんならこのこと自体を忘れてしまうのだ。
年を取ると、「後から」と思うことがあった場合、それを即時処理するか、忘れてしまうリスクを覚悟するか、どちらかが必要だ。
例えばクレジットカードで決済した買い物がある。
これも実際に請求が来るのは「後から」だ。
自分で買っといて、クレジットカードの請求合計がやたら高額な気がしたので明細を追いかけてみた。
するとある日に数万円の買い物をしているようだ。
明細の請求者は、聞いたことがない名前だ(通販の場合はよくあることだ)。
「なんだろう、この請求は…??」
何に使ったのかどうしても思い出せない。
あれ、カード詐欺かな?
自分が買い物をしたことをスッカリ忘れているだけで、勝手に人のせいしてしまいそうになる。
私はこのようなことを防ぐために、請求予定のリストを作るなど別の努力をしなければならなくなった。
仕事においては「後から」を極力なくすほうが良い。
といっても。すべて即時処理できないので、いますぐすべきことは「記す」こと。
ノートでも携帯メモでもスケジュールアプリでも、とにかく何でもよいので、今すぐ書くこと。
これさえできれば、ほぼ大丈夫だ。
記録したものは何でもよいといったが、いつも使うものにしなければ意味がない。
いつもOutlookのカレンダーを使う人ならそこに記録すればよいし、スケジュールアプリを使う人ならそこに記録すればよい。
いつも使わないノートに書いたとしたら、すぐにいつも使うものに転記すること。
毎日使うものに書いておけば、そのことを忘れてしまうことはかなり減る。
明日すべきことは、明日の予定に書く。
だが…
ぐうたらの私は、明日行う予定にしていたが、当日になって面倒くさいので、さらに翌日に予定を変更する。そしてまた翌日も同じく変更。これを繰り返して、ついには随分前に終わってなければならないことが、まだ終わってない。
そして、この宿題は溜まり続け増え続けるという、別の地獄に陥っている。
いろいろ面倒くさい。
生きていくのは大変なのである。
人は、暇な時間があると、何かを食べてしまう。
朝、犬の散歩中、どこかでコオロギの声がする。今年は早いなぁ。
しかしどこまで歩いても、コオロギがついてくる。
ん?
自分のポケットに入れたスマホの目覚ましが鳴っていた(笑
あの人、人間としていったいどうなってるんだろう?
アメリカ人が素晴らしいというのは良い。
最高の国というのもまあ良い。
しかし、スポーツの世界で、ルールを捻じ曲げるのはイカれている。
同じアメリカ人は恥ずかしいことだと思っているはずだ。
さて。
捻じ曲げさせられたほうは、それを拒んだ後の冷遇が怖いのではなかったのか?
これは被害者だ。ともいえるかもしれない。
福岡県議会議長を巡る、お金の授受についての話題がいま巷を賑わせている。
議長になるために、現金を巻き上げられるのだ。
これを告発した元自民党の議員は、勇気がある。
この人は支払ったのも悪いことであるが、支払わせた側はもっと悪い。
こういう慣習がずっと続いてきたことは、国民県民うすうす知っていたことだ。
告発した県議はこう言った。
「断ると冷遇されると思い断れなかった」
この絵面は、万国共通だ。
私は政治家が嫌いではない。
しかし、大きな党に所属している人は、基本的に悪いやつだらけだと感じる。
参政党も今はクリーンでも、そのうち汚れてくるのだろうか?
昔、私の父が言った。
「泥棒しか住んでいない村があった場合、そこに越してきた人は泥棒になる」
いまならこの真意がよくわかる。
どんなに善人でいようとしても、周りがそうなら善人ではいられない。
盗まれてばかりでは生きていけないので、ついには盗み始める。
そして、盗むことが悪いことだと思わなくなる。
少なくとも、その村の中では。
例えば、とてもクリーンな社長がいて、自らを戒め、人には施す。
この会社の社員から、悪い人間は創出されにくい。
比較的皆さん、善人である。
しかし、社長が良くない会社は、社員もよくない。
元は良かったとしても、悪くなってしまうのだ。
アメリカは大統領のことをプレジデントと呼ぶ。
日本では社長のことをそう呼ぶ。
社長が悪い組織は、皆悪くなるのである。
遠い日本で暮らしていても、もう不安しかない。
最近、PCを触る時間がとても増えた。
PCの前にいる時間がとても長い。座りすぎて尻が痛い。
理由は、AIのせいなのだ。
以前ならあきらめていたことも、AIを頼りに色んなことができてしまう。
生産性が上がったとは違うかな…拡張したとでも言おうか…
とにかく、時間がいくらあっても足りない。
いま、提案資料を作っている。
その間にWeb会議が始まる。
左の画面でWeb会議に出ながら、右の画面では提案資料作りを行う。
ここまでは良いのだ。
提案資料の中の調べたいことはAIが調べてくれる。
これを転記するのだが、AIの答えの中から技術的な新たな疑問がわく。
そしてそれを調べ始める。調べていくうちに、また知らない言葉が出てくる。
そしてどんどん横道にそれていく。
長い時間をかけて資料を作っているが、成果物は提案資料だけではない。
横位置にそれたときに調べた記録は、大事なところだけファイルに残している。
ナレッジというか…技術情報というか…そういうものも副産物として残る。
挿絵やアイコンや画像も残っていく。
とても仕事が早くなった!
と思うこともあるが、この年になっても興味や知りたいという欲が半端ないので、本来の目的以外のことにとても時間を費やしているのだ。
そうこうしながらWeb会議は終わり、このタイミングでいったん休憩をとる。
そして、けっこう長い休憩になりがちだ。年寄りは休憩が好きだ。なんなら昼寝までしてしまう。
続きを再開すると、先ほどの思考を蘇らせるのに、しばらくかかる。
暖機運転のような時間が過ぎて、続きが始まる。
そしてまた、横道にそれ始める。
ん?
これを書いていて気付いたが、暖機運転の時間もPCの前に座っていた。
この時間が一番無駄だ。
しかし、仕方がない。
人間だもの。