自由の女神

今日生まれる赤ちゃんがいる。

「生まれた」ではない。「生まれる」のである。
それは帝王切開で生まれる日を事前に決めているからだ。

昔の人は、1月1日の誕生日の人が多かった。
これは、生まれた人を、その日を誕生日にしていたからだ。
「数え年」という仕組みで、正月になれば皆さん1つ年を取るため、正月が誕生日ならわかりやすい。
他にもいくつか理由がある。

誕生日を自由に決めていた昔と、今。
それぞれ理由は違うが、今の「誕生日を決める」は、少なくとも本当に生まれた日である。
誕生日を自由に決めることとは少し違う。

世の中に、自由に決めると問題が起こることを考えてみた。
案外多い。

自分の情報はもちろんのこと、安全基準などもNGだ。

安全と言えば、ヨーロッパに「アウトバーン」という高速道路がある。
ここには全線の半分以上「速度無制限区間」があり、とてもスピードを出すことができる。
しかし、何も規制が無いわけではない。
安全に運行するため、ルールはちゃんと存在する。

他にも単位や資格などもそうだ。
自由に決められては社会が混乱する。

昔、私の上司がこんなことを言った。
「このたび、痛みの単位ができたらしい。痛みには単位が無かったので、医療で役に立つという。この痛みの単位は日本から発案されたものが世界標準になるという。1本の鼻毛を抜く単位が基準で、1ハナゲーというらしい。」
私は一瞬信用したが、デマだった。

AIにも聞いてみた。面白い項目が上がってきた。

自由に決めると、自分が損をする項目として、
「健康や身体の限界」。

睡眠時間や食事の量を自分勝手に決めると、健康被害に遭うかもしれない。

そういえば、立法機関はどうだ?
個人が勝手に決めているわけではないが、多くの国民が良く思わないことも決められてしまう。
自由に決めているわけではないが、嬉しくないことが多い。

逆に自由に決めていい事は…
完全に、自分だけのことで、誰にも迷惑が掛からないこと。

「明日の休みは何をするかなぁ…ゆっくり寝て過ごそうかなぁ…それとも釣りにでも行くかなぁ…」

これをウッカリ口に出してしまうと、トラブルになる。
「アンタ!休みは車で買い物に連れて行ってもらうことになってるワヨ!」

横でTVを見ているカミさんが強い口調で言った。
私の自由は、ほぼ無いに近い…(泣