即解決法

ある人が、新しく入社した人の事をこう言った。

「あいつはダメだ」

理由を聞くと、先日ランチを奢ったが、お礼の一言もないので「社会人の常識が無い」とのこと。
それだと、「社会人の常識が無い」という評価はある程度の信憑性はあるが、「ダメ」という烙印はかわいそうな気がする。その話から、こんなことを思い出した。

私が35歳のころ、生前の叔父と角打ちで時々飲んでいた。
あるとき、私の従弟(いとこ)の事を悪く言ったことがある。
「あいつに今までいろんなことをしてあげたのに、お礼状の1つも貰ったことが無い」

私はそのとき、父の言葉を思い出していた。
「人はその見返りを求める。人に何かをして、その見返りが無いと怒る。これは人間の残念な部分だ。そう思わないように、人に何かをするときは一方通行で、勝手な善意だと思う事が良い。」

そう、叔父は父の悪い例に出てきたままである。
私もそうならないようにしたいものだが、まだまだ人間が出来てない。

私は最近、ある人にとても嫌悪感を覚えていた。
なぜそんなに自分本位なのか?自分勝手なことを言っていることがなぜわからないのか?相手の気持ちや立場を考えてみれば、そんな風に考えられるはずがないのに…
私は考えれば考えるほど許せなくなり、怒りを覚える。
しかし、ある言葉を口に出した途端、まるで嘘のように気持ちが軽くなった。

「しゃあない(仕方ない)」

その人の事を、しゃあないと割り切れば、何のことは無くなったのである。
誰も傷つけることなく、解決した。

おや?

近年テレビを見なくなったが、寝る前に端末で映画やドラマをよく見る。

世界中の人が数多のストーリーを考えて世に放出し続けているが、よくそんなこと考えつくなぁと思う事がある。
今見ているドラマはNetflixの「三体」。これもその一つだ。

私は「一事が万事」という慣用句を次のような意味として認識している。
「1つの事ができれば、同じようなほかの事もできる。1つの事ができないと、同じようなほかの事も出来ない」
極端な捉え方かもしれないが、私の経験則からそうなっている。
「三体」を作った原作者は、おそらくほかの事の創造性にも才能があるはずだと思う。

会社で働く人たちの中にも、それぞれ得手不得手がある。
それに向いてない人は同じような事の仕事に向いてないし、その逆も然り。

手先が器用な女性がいた(女性は器用な人が多いが)。
電卓を叩かせても、正確で速い。
キーボードの入力スピードも速いしタイプミスも少ない。
ゲームのコントローラーさばきも上手だ。
この女性にピアノを弾かせてみた。
習ったことが無いので、とても弾けたもんじゃない。
しかしきっと、習わせるとそこそこ弾きこなすに違いない。
この予測は「一事が万事」から想像していることだ。

人のいい所を見つけると、その先のその人の人生は明るくなったことが保証されるような話だ。
そして、それを叶わせることができるのが、「親」である。

最近の親はどうだ。
残念ながら、なんだか残念な感じがしているのは私だけか?
子供の良いところを伸ばして行ってほしい。

話は変わるが、映画を見ているだけなのに、私は心を動かされる。
例えば、悪人であれ善人であれ、人が悲しんで涙を流すシーンで、私はその人の気持ちを汲んで涙を流す。
幸せなシーンでは「あ~よかったねぇ」と同じように幸せになる。人が楽しくしていると楽しい。
そのとき客観的には、寝っ転がって映像を見ているオッサンが泣いたり喜んだりしているので、可能な限り誰にも見られたくない。

人はそもそも、人の気持ちに寄り添う事ができる。
悲しんでいる人を見ると、幸せな気持ちになれるはずがない。
困っている人がいれば、助けたくなるものだと思うが、果たして違うのか?!

世界のどこかの戦争の首謀者や絶対権力者と呼ばれる人たちは、いったいどんな環境で育ったと言うのか??
どうすれば、平気で人を殺すことができるのか?
どんなヒドイ親に育てられたと言うのか?

いや、きっと地獄のような幼少期を過ごしたわけではない。
親が、正しいことをちゃんと教えなかっただけだと思う。
話が長くなるが、年末のクリスマスの日にこんなことがあった。

クリスマスケーキを予約してなかったので、シャトレーゼという洋菓子店に行ってみた。
そりゃもう店内はごった返していたが、入り口から床に「ケーキ購入の方」と「ケーキ予約受け取りの方」というそれぞれのテープが貼ってあったので、「ケーキ購入」に沿って進んだ。
そして、順番がすぐそこまで来ているところで、私の前のご婦人が、荷物を持ち直すために床に手荷物を置いた。そしてそのとき、そのおばさんの前が1メートルほど空いたところへ、横から来た40歳くらいのおばさんがスッとそこへ割り込んだので、私はトントンと背中を叩いて、「あの、並んでますけど」と言った。すると、

「そっちは受け取り側じゃないんですかっ!」となぜかキレ気味に言うので、「いいえ、違いますよ」と言いながら、私の足下の床の線を指さした。
すると、そのおばさんはもっとキレて、「じゃあ、ココに並んでください!!!」と声高に自分の足元を指さした。

もう、ブチ切れて血管切れそうになったが、そのおばさんは小学4年生ぐらいの女の子を連れていたので、大勢の前で母親を𠮟りつけるわけにもいかず、黙ってそのおばさんの位置へ移動した。割り込みおばさんは、その後ろへ移動した。

こんなルールも守らない自分本位の親の姿を子供に見せて、子供がまともに育つはずがない。
車を運転しても、誰一人割り込ませない嫌な感じの女性ドライバーが完成するかもしれない。

親は責任重大だ。
子供から見られているから身をただすというのもいかがなものかと思うが(笑

うんがついた

元旦から早々、う〇こを踏んだ(◎_◎;)
そして、5日にドッグランへ行って帰ってきたら、太もものあたりにう〇こが付いていた(-_-;)
2度あるということは、もしかして3度あるのか…(-_-;)

とりあえず3%

色々作ることが好きで、毎年冬は白菜の漬物を漬ける。
しかし今年の冬は、クリスマスも終わったと言うのにまだなのだ。
理由は、野菜の高騰。それと、野菜が少ない。少ないから高いのか、別の要因もあるのか、とにかく野菜が高い。
今年の白菜は大きなものは1玉600円するものもある。
さっきニュースで言っていたが、アメリカでは「もやし」が1袋800円しているらしい。
世界中で食料インフレが起きている。
政治家は戦争などしている場合ではないだろう。

さて。
私は毎年、大きな品種の白菜を買う。どこかの田舎の道の駅や小さな八百屋さんで1玉200円以内だと買うことにしていた。
今年は辛抱たまらずに、1玉380円の白菜を4玉買ってきた。
4玉の理由は、私の漬物樽の大きさの関係で。
1玉を4ッ割にして、漬物1回分(1回分というのも変だが)が約100円近い。
1玉200円で買ってきたときは、1回分が50円でチョーお得な感じだったのに…
漬物は漬けても半分以上は人に差し上げるから、もらっていただく方が気を遣わないと良いが…

そういえば3%。
白菜は重量のおよそ3%(私は2.2%ぐらい)の塩で漬けるが、塩分3%と言う数字は料理でも料理じゃなくても良く使う。
例えば、鼻うがい。
塩分濃度3%だと丁度良くて痛くない(私の場合)。
海の塩分濃度が3%程度なので、色々通じているのか…いないのか。

消費税も最初は3%だった。
でもいつもまにか10%にまで上昇し、国民は戦国時代の年貢ほど厳しい取り立てに遭っている。
せめて食品ぐらいは非課税にしなさい!

今日は飲めない人と

「このあたりで、おいしいお店はありませんか?」

テニスのコーチがこう言うので、魚のうまい店はありますよ!
といって、だいたいの場所を教えた。
お店のオカミさんが調子が悪い時があって休みがちだから事前に連絡してから行くほうが良いと思います。
私が予約してあげましょうか?

なんとなくその場の雰囲気があって、「一緒に行きますか?」と言うと、
「いいんですか?連れて行ってもらえるんですか?」と、まんざらでもなさそうな返答がきた。
そして横にいたスクールのメンバーにも、「一緒に行きますか?」と言うと、行くと言う。
お店に予約を入れて、翌週に行くことに。
そして当日…

コーチが、「あの~、夜中に車で人を迎えに行かなければならなくなって、今日はウーロン茶とかでも良いでしょうか?」

お酒を飲みに行くのに、酒が飲めないって…
そしてもう一名の参加者も、「明日が早いので、今日は飲めません」

えーーーーーー(◎_◎;)

仕方ないので、シラフの方2名を前にして私は一人お酒を頂きました。
会計でオカミさんに9,800円ですと言われ、「安っ」て言うと、
「飲んでないやーん」(一一”)

この程度のハプニング、世の中で起きている不条理に比べればなんてことないわっ!

方便比率

余計なことを言って失敗することが増えてきた。

その人の良くない部分を見つけた時、今後その人にとってマイナスになることが予測され、言葉を選び選び言ったつもりでも、その人は傷ついたと言って悲しむ。

この忠告とかアドバイスとか、相手が求めてないときに言うことがおせっかいで失敗のもとである。これはいつも気を付けている。
しかし、このようなことがあった。

本人は周囲の人とうまくやっていくことがとても疲れたという。
この調子で先の長い人生を進んでいくのが不安で、疲れ続けることが苦痛でならないと言う。
本人がそう言ったので、これは何かアドバイスの場面だと思うのは普通の事ではないのか?

そして、言ったことは、「人との間でうまくいかないとき、自分に原因があるのではないかと考えてみることは重要だ。相手が変わるのを待つより、相手を受け入れたり理解したりすることがあなたの成長となり、その先が進んで行ける」

これを言われて本人は、自分に非があると言われた気がしたのか、悲しんでいた様子。そして悲しみは怒りに代わり、反論して言いたいことを言って口を閉ざした。その後は背を向けたまま。

私の言い方や言葉が良くなかったのか、残念ながら伝わらなかった。
人間関係の問題を聞いて、私が人間関係が悪くなってりゃ世話なしだ。

今考えていることは、
・悩みを打ち明けられたとき、下手なアドバイスはしない(適当に聞き流す)
・相手に伝わらなくても、勇気をもって助言する

この二択だ。

前者は楽だ。
しかしとても後味が悪い。
後者は敵が増える可能性がある(笑

少し話は変わって…
人は褒めると喜ぶ。
天邪鬼(あまのじゃく)でないのなら、普通はそうだ。

先日、週に一度通っているテニスの仲間を、場面場面で褒めてみた。
ミスした時も、あえて良いことを持ち上げて褒めた。
そうするとどうだ。
皆さんとても嬉しそうにしている。笑顔だ。
私への敵意はゼロである。
これは処世術である。

これでよいのか?(笑

人は本当のことを言うと怒るので、黄金比は褒め9:本当1で行こう!

悪とは

寝る前にiPadで、映画とかドラマとか、何かを見る習慣がある。
元々映画が好きで、若い頃は深夜に放送していた映画を録画して、休日に見ていた。
現在はサブスクで毎月定額を支払っているので、何か見ないと損だ。
しかし本当は寝る前のこういう習慣は良くないらしい。
眠れない原因になり得るそうだ。
確かにそれは経験済みで、どんなに内容が気になっても、寝るタイミングが来たら寝なければ目がさえてエライことになってしまう。
「寝るタイミング」とは?
眠くなった時だ(笑

さて。
サブスクでワンピースのアニメを1話から見ている。
当然ながらそのうち公開されているところまできて、しばらく見られなくなる。
この間、映画を見たりしながら数か月間過ごして、また続きを見始める。
そしてまた追いつくので、別の何かを見て過ごす。この繰り返し。

このワンピースの休息の間に、「キングダム」というアニメをすすめられたので見た。
これが案外面白くて、シーズン5まで一気に見てしまった。
シーズン5とは、現在公開されているところの末だ。
ワンピースと同じように、これもしばらくの休息に入った。

そして今度は、前に見た「進撃の巨人」をもう一度最初から見始めた。
すると、案外ストーリーを忘れていることに気付いた。
見ていても、続きが気になってしょうがない(笑
私の頭の程度も老朽化してきた証拠だ。

ふとこんなことを思った。
だいたいどのような映画も、漫画もアニメも、人の悪い部分を「悪」としている。当たり前のことを言っているが、具体的には
【悪】
・自分さえよければという考え
・人を傷つける
・権力を利用する
・金にものを言わす
など。

このようなものに対して立ち向かうのが主人公たちだ。
人の悪い部分を描き、それに立ち向かう。

さて現実で考えてみよう。
実際に、さきほど悪と書いた部分を行う人間は、とても多く存在している。身近な人に思い当たる人がいるはずだ。
政治家、先生、社長や上司、地主、亭主、などなど…知らんけど(笑

もちろん自分自身も悪いことをしてしまうことはあるが、これはここでは「過ち」として処理することにしよう。
すると、自分自身が悪であると思っている人は居ないのでは?
自分から見てその人が「悪」でも、その人から見ての自分自身は「悪」ではない。

そして、「何が悪いのだ!弱いやつが悪いのだ!悔しければ強くなればいい!」
と思う人がいても不思議ではない。
それぞれ育った環境や生きてきた環境、経験してきたこと、みんな違う。
私は映画を見て悪いやつは負ければよいと思うが、たとえば、この文明の発達した現代に戦争をしているアノ国の大統領は、さてどう思うのであろう??
国民は貧乏なのにひとり私腹を肥やしているあの大統領。
私から見れば悪の権化にしか見えないのだが、本人はどう思っているのか?

程度は違えど、人はそれぞれ悪いことをしながら生きている。
駐車場から幹線に出てくる車を入れてあげないおばさん、タバコをポイ捨てするオッサン、犬の散歩で糞を放置していく兄ちゃん、ウラ金を作る政治家。人間に向かってミサイルをぶち込む事とは比較できないが、人間なんだからなんらかの汚れは仕方ない。

私も今日、スーパーマーケットの人のいない通路を探して、こっそり放屁した。
これは過ちの範囲で処理してよい(笑

てまえみそ

部下が頭が悪すぎると知り合いが嘆いていた。
なんでこんな常識的な事もわからないのか!ちょっと考えればわかるはずなのに!(怒

よく話を聞いてみると、そんなに高級なことを要求していない。
しかし、同じことを何度も間違えるようだ。
大阪にいたころ、「アホ過ぎるにもほどがある」と言って怒っていた人がいたが、その様子のそのままである。

今回嘆いている上司は手を変え品を変え、色々と試して教えてきたが、全く覚えないと言う。
ここだけ聞くと白痴のように聞こえるが、対象の部下は洋服を着ることもできるし信号を守ることもできる。

今の本人がなぜ学習できないのか、覚えが悪いのか理由はわからないが、明らかな間違いが1つある。
それは、仕事を覚えさせることで進めようとしていることだ。

例えば、営業のAさんは間違いが少ないがBさんはよく間違えるので、Bさんの担当顧客からは時々請求金額が間違っているとクレームが入る。ということがあった場合、Aさんは当然素晴らしいがBさんが特別悪いわけではない。
悪いのは仕組みだ!人は間違えるのである。
この会社は、請求金額が間違っていても請求書が顧客に届いてしまう仕組み自体が悪い。

と言うように、今回嘆いている上司は、その仕組みを見直すことが最優先だ。
人の経験によって熟練させていく「職人」のような仕事ならば仕方ないが、そうではないのなら仕組みを見直せば今より随分とマシになるはずだ。

デキる人は、経験が無い業界の仕事に就いても、すぐに結果を出す。
これは器用不器用の話ではなく、本質を見抜いて仕組みづくりができるという事だ。
このことに気付いてない人は、世の中のほとんどを占めていると感じている。

さて、人の経験は無駄なのか?
そうではない。経験でそれに係る時間はどんどん短縮される。
重要なことは、その経験はデータで保管するという事だ。
データというと、時間とか金額とか数字をイメージするが、それだけではない。
文字で良いのだ。

例えば技術情報とか、失敗事例とか、連絡書などでもよい。
これらが正しく保管されていれば、このナレッジは会社の財産だ。
この財産は、これまでは人が探してそれを学習したが、今はAIの時代である。
AIが日々蓄積されるデータを学習していけば、自社のとても賢いシンクタンクになる。
そして、実はこの仕組みづくりには、金はかからない。

こういうことを推し進めるのが、社内SEだ!

と、手前みそ的な事を吠えたところで、締めくくろう(笑